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身体と自然 8 三鷹 整体 カウンセリング ストレッチ 呼吸法


身体と自然 8

長らく低迷している日本の経済状況の中で、盛んに叫ばれるのは「ものづくりの国、ニッポン」である。
政治家は何も考えずに、単にこれまでがそうであったから、つまり、車や船や電化製品などを作って輸出して発展してきたことを指して、或いは、中小企業や町工場の作る製品のレベルが高いことを、今更に持ち上げて「ものを作ろう!」と連呼する。

政治家も官僚も財界も経済発展をしたのは自分たちリーダーがよかったからだと思ってはいないか。
たぶん彼らはそう思っているだろう。日本の繁栄は自分たちの力だと。
しかし、数字的な経済繁栄の裏で政治改革も行政改革もまったくのその場しのぎをしているうちに、
農林水の第一次産業はボロボロになってしまった。それは生きてる自然を扱う産業であるのに。
それでも日本のGDPは世界第三位にある。そんな地位にあぐらをかいている政官財への文句は置いといて、

こんな資源もない極東の小国がなぜそれほどの豊かさを手に入れることができたのか。
この「身体と自然」という拙論は、神話を復活させることではない。その「なぜ」を探ることにある。
それは、現代の僕たちの自国への理解や民族性への理解を深めることを狙いとしている。

日本の繁栄はひとえに国民が「よく働く」からである。それはその通りである。
働く時間も長いが労働の質も高い。良いものを作るとかお客さんに喜んでもらうとかの労働意識が末端まで行き届いている。
だが、僕たちは「日本人は勤勉な民族である」という理解で終わってはいないだろうか。
その稀にみる勤勉さはどこからきたのだろう。

日本では人と自然の間に拒否反応がなかった。
過酷な冬も待っていれば、春が芽をふき、豊穣なる秋へと巡る「時」への信頼感があった。
狩猟採集に適した山と貝や魚が豊富な海が接近している。四季がはっきりあって気候が温暖、水に恵まれ土壌が豊かである。
海に囲まれて外敵が侵入しにくいし、外への脱出や侵略もしない。列島の大きさもほどほどだ。

飢饉で何も収穫がなかったからといって隣の部族を襲撃して略奪しようにも、その環境において列島は似たようなものであった。
人間が暮らす条件としてここまで揃えば我慢に余りある。
つまり、日本の自然環境は手を掛ければ掛けただけの形になり得る手頃さであったのだ。

そうした環境には「柔らかさ」がある。その代表が「木」であり「土」である。
石や岩ではなく、細工がし易い柔らかい素材の中に棲んでいたということが、共同の作業を首尾よく可能にさせた。
この「柔らかさ」は日本の国土を包むオーラだと僕は考える。

「木」の国の湿り気は肌をも潤す。肌め(木目)が細かいという言葉もある。身体にうっとりするような感触が蘇えりはしないだろうか。
日本の自然環境は素材を生かし易いものだった。「素材を生かす」とは自然生命をそのまま生活や身体内に組み込むことに他ならない。
「食」にかんしては言わずもがなだが、名刹の大伽藍の柱や梁に使う大木にまで数百年後を見通して収縮やたわみを考え組み立てられた。
千数百年を経て、法隆寺はいまだ健在である。
古代の棟梁たちは木は切られても生きていることを見抜いていたのである。なんという「しなやか」な眼力と知恵だろうか。

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