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身体と自然 3 三鷹 整体 カウンセリング


身体と自然 3

僕たちは同じように「からだ」と呼んでも身体と肉体をどこか分けて捉えている。 肉体は単に物質形象を示すが、身体は物質に働きかけているエネルギーを含む。 心とか感情ともつながる生命現象の形としての身体だ。東洋的にはその内実を「小宇宙」という。 肉と身(ミ・シン)、身は実(ミ)であり心(シン)でもある。身体内共有感覚とは体のミとシンの語らいのことである。

身(ミ・シン)が体に根付いていったのは何によってだろうか。それは「待つ」ことだと僕は考えている。 日本人の受身的性質は「待つ」ことの上手さに発揮される。待つことは受け取ることにつながる。 僕たちは何を待っているのだろうか?僕は日本の温暖な四季にその因を求めたい。

どんなに過酷な冬でもじっと待っていれば必ず春が来る。春は恵みの始まりである。 豊穣なる秋へと巡る時への信頼感は体に内在化されていく。 飢饉で何も収穫がなかったからといって隣の部族を襲撃して略奪しようにも、その大きさ環境において列島は似たようなものであった。 また四季の周期は、それほど焦らなくてもなんとか凌げる期間としてあった。

つい先年まで、この国の美徳は「忍耐」と言われた。ここに工夫や創造は含まれない。驚くべき美徳である。 逆に言えば、耐えられないほどの忍耐を必要とはしなかった程度の苦しみであった。 よってわが国では、争うことによって獲得するという他の多くの民族が経た方程式を使う必要がなかった。 ちょっと耐えれば春はすぐそこにある。

「待つ」ことを可能にしたのは、やがて実りの時が巡ってくるという確信と、恵みをもたらす土地への愛着ではなかったろうか。 それを観念的に、時間と空間への信頼といっても差し支えないだろう。 身体内に時間と空間を取り込んでいったということ、それは体内自然が活き活きと動く「小宇宙」にほかならない。

待つ」ことに統制がとれていることの証拠としてひとつ挙げるとすれば、 首都圏の通勤通学ラッシュ時における整列と満員の車内の静けさが挙げられるだろう。 この朝夕の光景には見て覚えることから醸成された身体内感覚の制御機能が見事に働いている。 集団を動かし操るのにこれほど容易な民族は他にあるまい。それは命令や指示が共通である前に身体内感覚が共通しているのだ。 日本民族は「場を読み、気配を察する」人間になろうとしたのではなく、必然的に身についてしまったのである。 それが、特異なあり方だとしてもこの自然風土に集団として暮らすには当然の帰結だったのだと思う。

 

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