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掃除について [ 心と身体の浄化~2 ]三鷹整体 呼吸


 

流れる」ということ。これは「変化し続けている」或いは「変化に対応している」ということである。

自明のことだが、自然生物界において変化しないものはない。すべてが変化している。

その「変化」とは伝達のことであり組み合わさり方のことである。

 

よって心身エネルギーがうまく流れないということは、 自然生命として不自然で不健全で歪なあり方となる。本来、過度の緊張など僕たちには必要ないのである。

 

さて「掃除」だが、日本には古来より掃除文化というのがある。

 

家にしろある場所にしろ、きれいに掃き清めて客人(まれびと=神) を招き入れる準備をする。

日常生活では客人の居心地の良さを整える作業だが、聖なるものの招来は居心地というより登場の瞬間を 見逃さないようにするためである。

 

神社の神主やお寺の修行僧が毎日朝に夕に清掃作業に勤しむことの意味は、 場をきれいに整えておくことで、神がどのような姿で立ち現われてもしっかりとその瞬間を感得することができるように するためである。

 

そう思えば、掃除が修行として成り立つのは、実は掃除をする側である人間の内面を掃除していることになるからだろう。 「祓い給え清め給え・・・」古き真言は自然万物を神と仰ぐ日本民族の招魂の祝詞である。 聞け!僕たちの先祖はただ「掃除をしましょう!」と言っているのだ。

 

ついでに言えば、日本の大祖神は天照皇大神であるが、アマテラスは父のイザナギノミコトが黄泉の国から逃げて、 その穢れを洗い流す際に左目を洗ったときに生まれたとされる。ちなみに、右目からはツクヨミノミコト、 鼻を洗ったときにスサノオが生まれたと神話に記されている。

 

日本を代表する大神様は穢れを洗い流す、つまり、心身を掃除する行為から誕生しているのである。

 

近年は小・中・高校では掃除を生徒自らすることはないと聞くが、僕は日本文化の変節期が訪れたと思っとている。

職人の世界でも、その始まりは掃除からである。その職人世界も消えつつある。

 

そんな中で「断捨離」がブームである。断捨離ブームは汚れ穢れを捨てることによって新しく生まれるものがあるということを 証明しようとする試みのように僕には思える。

 

きれいに掃除することは通常創造的な作業ではない。人の創造のイメージは新しく何かを意図的に作り出す、生み出すことである。

 

極論を言えば、これは人為を標榜する西洋的な創造イメージである。日本の掃除は「きれいに整えたとき生まれてくるものを待つ」という あり方の創造である。

 

自然の流れが生み出す創造である。要は流れさえ滞らせなければ、生まれたり登場するものがあるのだという、 日本古来の創造観である。

 

神の領域にも足を踏み入れるのが西洋的創造、一方、神の領域は神に任せましょう、とするのが 東洋的だとするなら、医学の分野でもその個性は充分に反映されていると思わずにはいられない。

 

僕の心身の浄化呼吸法はこうした考え方に見事に呼応するものである。つまり、身体も心も自然と同じで、その中を清めれば新しく生れ出るものがあるとする考えだ。   つづく

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