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創造から父権制へ ~ 三鷹 整体 呼吸法 デトックス ストレッチ カウンセリング


創造は破壊と表裏する。人間の創造性が文化文明を生み出してきたことには誰にも異存はないだろう。しかし、人間が新たに作り出すものは何かしらの破壊を伴う。人為的創造の半面は破壊であり、そうであれば創造には暴力も付随する。

 

その象徴的姿を現代の社会現象や環境破壊に窺うことは容易い。原発、武器、薬、食、スマホ、法律や産業の構造等々、私たちはゴミと副作用を生み出すシステムの悪循環にすっぽりとはまってしまった。実に創造とはゲーム的であったのである。

 

死に迫る男たちが見る夢は絶対的なるものを手に入れることであった。創造のはじめには、意識するしないにかかわらず変化しないことへの意図がある。科学や学問研究やモノを作る技の成果は普遍的なるものへの希求に根ざしている。

それを推進してきたのが男たちの「マニアックな集中力」であったと私は思う。絶対的なるもの、永遠なるもの、唯一なるものへの執着やそれに惹かれる心性が、やがての父権制を敷いていく力の背後にあった。

 

そのような意味で、「生成」から「創造」へとシフトした歴史の分岐点には男たちがいたのである。そして、いまだに残る男たちの変化に対する鈍感さや不器用さはそうした執着や心性からくる必然でもあった。自然とのつながりが希薄な彼らにはいつも「後がない」のだ。

 

人間身体には意志、自尊心、感情、表現、知性、霊性などの精神エネルギーが備わる。私たちはそれらのエネルギーを瞬時に組み合わせた形での一瞬一瞬を生きている。食と性の横溢な原始エネルギーはそれらの精神エネルギーを上昇する形でそれぞれに振り分けられていった。そこで随時生まれる力を私たちは創造性と呼び、生まれ出たものの総称を文化文明と呼んでいる。

 

精神エネルギーのルートに乗って男たちはとにかく上を目指した。知性や霊性の領域である。できるだけ原始本能のエネルギーから遠く離れたかったのだろうか。男たちは新しい自然界を作るために、生ではなく死へのアプローチを試みていく。「陣痛」(神が通るということ)に匹敵する臨死体験のために。

 

男たちの食と性のエネルギーは極めて単一的であるが、人間的個性という意味では見事にバラっバラっである。取り繕ってはいるが本質は妙な生き物である。保育園や幼稚園にいる男の子を眺めればわかる。奇人変人変態のオンパレードと言っても過言ではない。男はだいたいがそのまま大人になっている。

 

幼さをそのままに、男たちは「マニアックな集中力」において自らを際立たせる生き物となる。そして、死に至る危険を侵しながら、また、同じ死の過ちを繰り返しながら、自らの身体の上空彼方に聴いたものが「父なる神」の恩寵であった。

 

自然からの疎外感と欠乏感覚を原動力に変えて死と対峙することから、ついに死の向こう側(天国と地獄)を創造(言語化)するに至ったとき、男たちがリードする文化文明が開いていくことになった。ここにおいて明らかになる。父権制に滅びの美学が付きまとっている(犠牲、殉教、悲劇など)ことの訳が。

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