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凸なる男性の原理 ~ 三鷹 整体 呼吸法 デトックス ストレッチ カウンセリング


人は女性の値踏みや男性の品定めが好きである。とにかく興味の対象として互いにこれを上回るものはない。だが、そうした話の内容といえば、一般的性質や日常の特異な反応や印象を取り上げてそれぞれに規定し語ることがほとんどだ(例えば、男はよく威張るとかお酒が入らないと本音を出せないとか、女はすぐ感情的になるとか、どうでもいいことを延々と話す 、等々)。そうした論に心理学的な根拠を見つけて、なぜ互いの性質がそうであるかの研究もある。

しかし、私の視点はもっと単純である。人間の身体の形態と働きから見えること、想像できることがある。

そこにはそれほど個別性がなく、言い訳(学問的根拠)も必要なく、それぞれの性に備わる普遍性により近づけるのである。

 

内なるもの、静かなるもの、ひとつなるものが女性生殖器の特性ならば、凸なる男性生殖器は外なるもの、動くもの、無数のものとしてある。これもまた見事に男性的原理を示す。男の生殖器は外付けであり、ぶらぶらと揺れ、大きくなったり小さくなったり動き、形を変え、精子は無数にある。

 

男とは社会的な生き物だとよく言われるが、その社会とは主に外の世界のことである。男は昔から用もないのに外にぶらぶらと出かけていく。その性癖はまことに性器のありように則っている。男たちは股間に揺れる一物に誘導されながら行動していると言っても決して言い過ぎではない。

 

女性が子宮という宇宙を内在させているとすれば、男性の宇宙は社会という外部世界である。間違えてならないのは自然界ではなく「社会」ということ。

 

もし、男性が自然界と密接なつながりがあるとしたら、ただ放出されるだけの精子を大好物とする生物がいるはずである。現代ならば、餌代のかからないペットととして飼われていたかも知れない。

 

精子は男独自の卵と考えられなくもない。どんな生物も卵や子が好物である(獲物として捕らえやすいということもあるが)ことを考えれば、男子の睾丸がたまらなく好きという生物がいてもおかしくない。

 

ところがそういう生物はいないのである。生物史の途中で駆逐されてしまったのだろうか。よほどまずいのかすぐに傷んでしまうのか栄養がまったくないのか・・・ちょっと笑える想像である。

 

余談はおいといて、女性にはリズムを共にする自然性が内包されている。そして、男性が自然の一部に数えられる可能性があるとすれば、それは、自然界の食物連鎖の一環に参入しているかどうかである。肉あるものは喰われるのだ(草木や果実も含め)。

 

しかし、男たちは自然界の環から外された。よって、男性にとって世界というのは自然界ではなく「社会」なのである。私は「男とは社会的な生き物である」という一般論をそのように理解している。

 

極論だが、男たちの支配的性質は自然界の環から外されたところからくる疎外感と密接な関係があるのではないだろうか。共同体もある一定の閾値を越えればそこには必然的にヒエラルキー構造が生まれる。「社会」は男たちの出番を待っていたのである。

 

逆に言えば、男たちの自然性への接点となるのが唯一母なる子宮であった。子宮とつながることは自然とつながること。魅惑されるはずである。

 

よく母親との癒着も話題になるが、男からすれば母なるもの(自然)への郷愁としてある。生殖のエネルギーが示す形姿は種としてのありようを如実に教えてくれていると思うのだ。

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