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フィクション 〜 三鷹 整体 呼吸法 ストレッチ デトックス カウンセリング


人間の営みを斜に構えて見ると、人とはきっとフィクションを生きている。人間社会そのものがきわめてフィクショナルである。くだらない尊敬も、卑下も虚構構造によって生まれる。例えば、無条件にほぼ反射的に行われる天皇への尊崇。人はフィクショナルなものに惹かれていく。例えば、ディズニーの仕掛けに群がる人々。人はフィクションによって何を興奮させ、何を創造しようとしているのだろうか。フィクションはリアルさに対峙するものではない。何処かの誰かの脳感覚に芽生えたイマジネーションがある閾値を越えて(殻を破って)言葉や形(文化)となって表出する。それが他者と自然(環境)に触れ、晒される。言葉や形に変換されたイマジネーションにさらに新しいフィクションが次々と塗り込まれ(時間にさらす)、そこに重力が定着したとき、それはリアルになる。つまり当たり前になる。そうして市民権を得た言葉や形に同化(無意識の領域に落とし込む)すれば、とりあえず、アイデンティティーなるものとつながるだろう。そうか、事の始まりから終わりまで、フィクションとは人の内面のことだった。アイデンティティーの強度が増せば本物っぽくなる。もともと誰も本物など知らないので、本物っぽいものは本物として扱われる。だが、こうした偽の戯れにシラケる感性もある。破壊である。もし、狂気というものが悪(犯罪)だとすれば、悪の方こそがリアルさへの宣誓と思われる。フィクション、それは神話(あり得ないような話)である。それは古代の物語という意味ではなく、現に今生きている私たちひとりひとりの荒唐無稽なる歩みのことである。

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