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身体と自然 17 ~ 三鷹 整体 呼吸法 ストレッチ カウンセリング


身体と自然   17

男性原理における自然性とはいかなるものであろうか。それが「漲る力」に代表されるなら、「性」も「暴力」も「守る」ということで正当化される。生殖においては子孫を残して種を守る。暴力性においては家族や共同体を守るための攻撃として。男性の「力」の発揮は基本的に食糧の調達ということだが、もっと言えば、衣食住の生活環境を充実させていくことにあるだろう。

生物が生き抜いていくための一つの方法として、同じ種同士が群れを作るということがある。人間も多くの生物と同じくその方法を用いる。人は仲が良いから集団を作るのではない。食を得るという目的が同じだから集団を作るのである。集団になると一人ではできないことが可能になる。体の大きな獲物も狩ることができ、農耕なら生産性も上がる。問題は、二つ以上の集団なり個人が同じ目的に向かった時、競争と奪い合いが発生するということ。食として獲物を狩るという動物的本能は人間にとっても宿命としてある。しかし、人間はこの宿命的な生存欲求にただ操られるだけの存在ではなかった。

 男たちは外付けの生殖器にならって外に向かったわけだが、やがて、ひとつの目的のために集団作業を行うようになる。最初の数家族単位から群れは巨大化していく。もともと人間は一人で生きていけるようには作られていないが、集団で作業をするということが、どれほど人間の進化を促したか計り知れない。衣食住をはじめとする生活環境の充実は「社会」なくして叶うものではなかった。男たちは、いわば「社会」を作っていったのである。

集団の作業には当然役割が生まれる。力が強い人、足が速くすばしっこい人、目が良い人とか、目的を成就するためには必然的に個の特徴を活かし効率を考えることが芽生えていく。武器や道具を作るのが上手い人は専門の職人になっていくだろう。こうなると集団のまとめ役も必要になる。互いの役割を理解するためにコミュニケーションがはかられる。そして、集団の生活では理屈としての言葉を鍛えなくてはならない。論理的な言葉の発達は男たちの集団活動からもたらされた。第14章の「男たちは冒険に向かった」という意味は、この「社会作り」のことである。

 山に入ろうが海に潜ろうが外なる世界は基本、未知なる世界である。原始の時代は未知なる世界に入るただひとつの目的が獲物を捕ることであり、食糧となるものを採ることであった。集団の目的と個の目的が見事に一つであった。この共有感覚が女性とは異なるところであろう。女性は体内体験が共有できる。比して男性は体内体験ではなく、目的の同一性が共有感覚となる。

男たちの、幼馴染や学生時代の友人たちと過ごした日々の郷愁からくる共有感は、実は男性的な共有感覚ではなくむしろ女性原理に近いと思ったほうがよい。それでも男たちは後に、目的に思想や感性も加えての共有感覚を編み出していくことになるのだが・・・。

 女性の共有感の出どころは自然との感応体験である(第13章参照)。日々の自然変化への感応に限らず、生理妊娠中の体の状態とか授乳期、子育て中の身体反応などには顕著に現れる。つまり、身体内部の体験が共通している。反して、男性には身体内部の共有感覚がない。あるのは異様な突起物の共通反応だけである。だから男たちは下ネタ話にだけは盛り上がり、女性はすでに存在として共有感があるので、テーマも目的も結論もない井戸端話に長い時間を割くことができるのである。

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