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身体と自然 15 〜 三鷹 整体 呼吸法 ストレッチ カウンセリング


子宮を持つ女性は子を産むことと育てる(乳を飲ませる)ことがその役割としてあるが、男性は生殖のスタートダッシュで役割を終える。生物の雌雄の機能設定は基本的にそうなっている。

 

象だってコトが済めば群れから追い出される。人間男子の子育て参加は社会的要請における人為である。それはあくまで補助的なものである。ということは、子孫を守るという主題のために男性ホルモンが最初からインプットされている訳ではない。子孫となり得るものを作るまでの生物機能である。

 

受精した瞬間から子宮は育て、守り、産むという作業を一人行う。ここに「女性は子宮で考える」という言葉の根拠があると僕は思う。それは、子を宿し育て産んだ経験があるかないかとは関係なく、生物的プログラムとして女性性を象徴する。

 

では男性はどうだろう。女性が子宮なら男性は睾丸かペニスか?それをひとつにして答えは是である。生物的プログラムとして「男性はペニスで考える」のだ。男性は生殖行為が済んだ途端に次なる放出に向かう。溜めては出す、これが死ぬまで繰り返される。

 

たとえ機能不全に陥っても頭の中のペニスは萎えることがない。多くの女性が理解に苦しむところでもある。発情期を解除したのは人間の意図に依るものではないにしても、こののべつ幕なしの発情には生物的に男が男であることの証明がかかっているのだ。

 

男性の生物的身体の特徴は女性に比して骨格が頑丈で筋肉質で力が強い。そして、形態的に生殖器が外部にぶら下がっている。女性は自らの内部に子宮という「家」を持つが、男性に「家」はない。男性は外なる世界にむき出しで放り出される。保護のない外的世界での活動を支えるために頑丈さとパワーが与えられた。

 

男性はうろうろぶらぶらと外に出かける生き物である。体は家にあっても頭の中ではあっちにこっちにぶらついている。それは、形態的に股の間にぶらぶらしている器官と重なるものである。さらに、そのぶらぶら君が膨張したとき、つまり、「精」が漲ったとき、男は自らのアイデンティティーに安堵するのである。しかも、そのアイデンティティーが拡張した形で全身に「力」が漲ったとき、男性としてのリアリティーは確かなものになる。

 

「外部世界とぶつかり合う」ことで得られるリアリティーは単純なところでは強靭な肉体パワーに保障される。男たちのファイトが暴力性を帯びるのは、外なる世界に対して自分の存在を認めさせるための「力」の誇示としてある。

 

もっとも、「精」の漲りと「力」の漲りは双子のようなものなので、肉体的ぶつかり合いの隙間をぬって「精」の放出がなされる。その典型が戦争という「力勝負」についてまわる残虐な集団レイプである。究極の精神的緊張と力いっぱいの肉体的興奮は「精力」を掻き乱しながら直結する。

 

僕自身そんな体験はないが、日常世界を見渡せばギリギリの興奮をしたあとに、その余韻を「精力」に回しているであろう人がいることは想像がつく。もっと言えば、性行為そのものの姿に人間男子ほど暴力性を表す生命種はいないのではないだろうか。

 

どこまでも硬く強く、そして、その先に享楽とエクスタシー・・・、男にとって「暴力」と「性」は原始エネルギーとして密接に結びついている。文化的な素養では理解し難く、また、ホルモンや脳科学の研究からでも納得できない女性たちの男性の振る舞いに対する疑問には、上述した「力」のエネルギー的関連があるのだ。

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